人間の脳が「正しい」と見過ごしてしまうというのは、人間よりも機械が正確で優秀ということでしょうか。
人工知能のAI技術が一般化されれば、さらに優れた結果が得られるのでしょうか。
今回は文章校正の点において考えていきたいと思います。
機械校正は相違する事柄を発見する能力が高いといえます。
この原型はある意味単純比較で、ドキュメントAとドキュメントBの2つのオブジェクト同士を重ねて比較し、ビジュアライズされたオブジェクトの違いを指摘するものです。これが、前回のコラムでお話しした「機械の目」です。
人間の場合は、目(視覚)を通して脳が認識するという作業が行われます。
この「認識」とは、そこに書かれた文章や図案、写真から意図する内容を把握するという作業になります。
つまり、人間の視野が違いを捉えていても脳が「オブジェクトの違い」を正しい内容に置き換えて理解してくれるのです。
「正しいと認識」してしまったオブジェクトは、違いが映像として目に映っていても、違うと認識しづらくなってしまうのかもしれません。修正作業に関わっていない第三者がケアレスミスを発見したり、英語を話せない人が英語のスペルミスを発見したりする「謎」も、そう考えると理解できるような気になってしまいます。自動車の装備の場合、どうしても事故原因の頻度が高くなる運転手の死角と言われる自分の車両で隠れてしまう領域を、「機械の目」で補って人間に知らせてくれます。
文章を作る私たちも、「うっかり」ミスを防止するための「機械の目」を併用しなければなりません。
また、人を変えることで「違った視点」で文章を見ることができるので、従来からのダブルチェック、トリプルチェック体制もあながち捨てたものではないでしょう。
人間の目の網膜には盲点が存在し、盲点箇所の情報は盲点周辺の情報によって補完されていると言われています。
これは、欠損した視覚像から物体の全体像が再構成されているということで、実際には見えていない物体を脳が正しいものとして認識するというしくみによるものです。