ここ数年のSNSの急速な発展を受け、ファンやサポーターの集団(=コミュニティー)を上手く活用しムダのない効果的なプロモーションを打ちたいと多くの企業は考えるようになりました。Facebookに代表されるSNSを通じたプロモーションの事例は、そのファン(「いいね!」)の獲得数に比例して露出されやすく、メディアを通じて喧伝されたユニクロ(Facebookページ登録者数約33.3万)やローソン(同約13.5万)などのケースをご存知の方も多いでしょう。
企業にとってSNSの最大の魅力は、特定の関心や興味を持つユーザー集団(コミュニティー)に直截的に訴求できるピンポイントな広告が打てることにあり、またコミュニティーやFacebookファンページに参加したユーザー自身が、それぞれの友人知人との情報共有や拡散を繰り返す広告塔の役割を担うため、波及効果にも期待を持てる点にあります。この波及効果の大きさは、コミュニティーの活性度合いに因るともいえます。そこで企業側は、コミュニティー形成、参加から、ファンが享受できるメリットを設定することが課題になります。なぜなら明確なメリットが見えてこなければ、ユーザーはファンサイト登録やコミュニティーでの積極的なコミュニケーションに参加しないからです。
ファンページ開設直後や新商品のリリース後など、物珍しさや新鮮さがあるうちは、ファンの増加も期待できるでしょうが、その効果は時限的と言わざるを得ません。ファンもにわかの好奇心ではコミュニティーへ参加しないでしょう。
ではどんなメリットがあれば、ファンをSNS上のコミュニティーに留め、またコミュニティーへの帰属意識を維持させることができるのでしょうか?
ここで一つの事例を通して、上記の問いかけに対する解法を考えてみたいと思います。
以下で紹介するサイトは、ラフロイグの商品サイトです。ラフロイグとは、イギリスのアイラ島に蒸留所を持つシングルモルトウィスキーの一つで、世界中に多くのファンを抱えています。イギリスのチャールズ皇太子が好むブランドとしても有名です。
FOLはFriends of Laphroaigの略称で、1994年に設立されたファンクラブです。世界中のラフロイグファンがメンバー登録していて、その会員数は約47.1万人にのぼります(2011年10月現在)。登録はオンラインフォームに必要情報を入力し、あとはFOLの承認を待つだけです。(ただし事前にラフロイグを購入して、バーコード情報を入手しておく必要があります。)FOLから正式な承認を得ると、公式の証明書が送付され、晴れてFOLの会員になることができます。会員には様々な特典が与えられますが、特筆すべきは、FOLの会員はラフロイグ蒸溜所が管理する土地の一区画の所有者になれることです。会員は専用サイトを通じて、自分の土地の位置や登録名簿を確認することもできます。自分の土地は、会員のフルネームと出身国の旗のアイコンで示されます。さらに自分の管轄地の隣人のプロフィール(入力は任意)などを閲覧することができます。ちなみに私は左にベルギー人、右にスコットランド人を隣人にしています。
証明書には会員が、30cm四方 (a square foot) の土地の所有者であることや、営利目的での土地使用の禁止が明記されている他、会員がアイラ島のラフロイグ蒸留所を訪れた際の無料レンタルグッズ一式(地図、長靴、メジャー、帽子、オーバーコート、タオルなど)の詳細が書かれています。ちなみにこの土地を鉱脈の発掘や羊の飼育などの目的で所有することも禁じられています。
会員に土地の所有権を与えるという、この大胆なプロモーションには歴史的な背景があります。蒸留所を設立して間もない頃、水源確保のために幾度となく苦労を重ねた創設者ジョンストン兄弟は、ついには周囲の土地購入に踏み切りました。ウィスキーの品質を安定的に保つためのこだわりでした。つまり、現在のFOLメンバーは創設者の志を引き継ぎ、ラフロイグの伝統とそれぞれに与えられた土地を守り抜くのです。この奉仕の精神は、共通意識を抱えたコミュニティーのメンバー間でねぎらわれ、アイルランド沖の小さな孤島をいつか訪ねることを夢見る者たちの間では、国境を越えた連帯感や使命感が醸成されるのです。
ここで冒頭に掲げた「どんなメリットがあれば、ファンはコミュニティーに還り続けるのか?」に立ち返りたいと思います。上記ラフロイグの例から、ユーザーの享受する「メリット」が、企業の掲げる「コーズ(大儀)」と同義になる、または置き換えられた時に答えのヒントが見えてきます。それはコーズマーティング(cause marketingまたはcause-related marketing)のコンセプトにも近づきます。コーズマーティングとは、コーズ(cause: 大儀や意義、原因など)が表すとおり、消費者がサービスや商品の購入を通じて、社会的に意義のある活動に参加することを促す、という一つのマーケティング手法です。
企業側は、歴史的建造物の修復や癌などの難病撲滅、環境保全など、社会的なチャレンジと消費者の購買活動を橋渡しします。コーズマーケティングの発祥は今から30年ほど前に、アメリカンエキスプレス社が、消費者のカード利用の際にニューヨークの自由の女神像の修繕費の寄付を促したケースだと言われています。その後、コーズマーティングには様々な企業が関わってきました。近年では、人々の環境意識の高まりと共に、植生や動物保護を目的としたものが多いのが特徴です。そして去る3月11日の東日本大震災の後は、東北復興のために、コーズマーケティングを取り入れた企業が急増しました。
ここに引いたラフロイグの例は、コーズマーケティングのヴァリアント(変形)と言えます。「変形」と表現したのは、ここでは環境保全などの社会共通の目的は設定されておらず、ウィスキーの伝統の味を守るという、供給者と愛飲者に限定された意義が掲げられているに過ぎません。ただし、この意義がプロモーションの原動力となっていることは間違いなく、一人では土地を守りきれないことから集団を形成し、これがコミュニティー結束の紐帯となっています。ラフロイグ蒸留所の創設者たちの信念を背景に、コミュニティー共通の大義(コーズ)と各サポーターの享受するメリットが見事に合致しているのです。
このラフロイグのプロモーションは、専用Webサイトを開設し展開しているため、厳密な定義の上ではSNSを利用しているとは言えませんが、コミュニティーやメンバー間のコミュニケーションを巧く取り込んだという意味では、広義のSNSプロモーションと看做せるのではないでしょうか。企業とサポーター間の長い深い付き合い方を提示し、丁寧にそれを確立したラフロイグの例から私たちが学べることは多いはずです。
最後に余談ですが、FOL(Friends of Laphroaig)の会員は、それぞれに託された僅か30cm四方の土地に足を踏み入れたあかつきには、立ち寄ったラフロイグのオフィスで、グラス一杯のウィスキー(もちろんラフロイグ)を振舞われるといいます。