ゆるキャラ®に学ぶ「ゆるさ」のすすめ
■大人も楽しい『MILK JAPAN』
『MILK JAPAN』が熱い。この活動の中心にいるのは、牛乳がひとしずくハネた瞬間にできる「ミルククラウン」をそのまま王冠としてかぶった「ミルコップ」というゆるキャラ®。これを筆頭に、MILK JAPANファミリーが形づくられており、若者の牛乳離れに歯止めをかけるために始まった『牛乳に相談だ。』に続いてターゲット層をさらに拡大し、『牛乳が日本を元気にする。』を合い言葉に始まった業界団体(社団法人中央酪農会議)の活動である。このキャラクターは、JTの『大人たばこ養成講座』や東京メトロの『家でやろう。』『またやろう。』でも有名なイラストレータ寄藤文平(よりふじぶんぺい)氏が作り出したもので、その「ゆるさ」たるやたまらなく愛らしい。
『MILK JAPAN』の広報活動は、サイト展開のほか、TBSの金曜日AM4:45からの超早朝TV番組『ミルクチャポン』をはじめ、絵本『ミルク世紀』(ミルクシェーキのもじり)の出版など、さまざまなメディア戦略をはりめぐらしながら、地道にコミュニティを作りあげていくものだ。
この『MILK JAPAN』は、子どもたちと一緒になって楽しんでもらいたいという趣旨で、子どもの母親をはじめとする大人をターゲットした活動だ。先にあげたJTの『大人たばこ養成講座』なども、シンプルなイラストの「ゆるさ」よって、マナーのお仕着せを感じさせない「手づくり感」と「ユーモア」がたまらなく面白く感じられるが、初めから「大人向け」としているところが、子どもだましではない少し洗練されたイメージがある。そして何より、そのような「ゆるさ」をきっかけとして生まれる「気兼ねのない信頼、共感、助け合い」によるコミュニティの創成が、大人をターゲットとした重要なポイントとなっていると思う。
■ゆるさ誕生の背景をさぐる
つい先日のゆるキャラ®グランプリ開催などでもわかるように、日本国内ではもうすっかり定着してきたゆるキャラ®であるが、それらがなぜ市民権を得るに至ったか、考えたことはあるだろうか。
ここ25年ほどの間にデザインの現場では、Macintoshの登場や、Illustrator、PhotoshopなどのIntermediaなデジタルツールの発展などによって、業種に関わりなく大きく変化した。かつて予言者と例えられたマーシャル・マクルーハンが『メディア論』の中で述べていたように、技術の発達によって、メディアが人間の五感を拡張し、クリエイティブワークの可能性も拡張したということだ。そしてそれは、一端はリアリティの追及という方向に向かっていった。
そもそもアニメや戦隊もの、怪獣もので育った世代にとって、「ゆるい」世界は当時も存在していた。ウルトラマンの背中に見えるチャックの跡や輝く眼の下部に穿たれた覗き穴などがそうである。しかし、この時代のこうした「ゆるさ」は、擬似的な世界の表現として見て見ぬふりで許容されたものだった。それは、バーチャルをいかにリアルに見せるかという手段の中に、デジタルが一切含まれない時代のことである。しかし、先に述べた80年代以降のデジタルツールの発達は、プロらしく作り、ホンモノらしく見せるために、このようなアナログ表現のもつ「ゆるさ」をすべて否定していく。ゲームキャラクターなど映像世界でも二頭身から八頭身へと、よりリアルな表現がウケていく。
■デジタルとリアリティの功罪
こうしてリアリティを求める声の陰で、ロボット工学や3Dの世界では「不気味の谷」という現象が論じられるようになった。「人間」に「ニンゲンモドキ」が近づいていく過程で人がどう感じるかをグラフにした場合、ニンゲンモドキを作っていくある段階で不気味に見えるという回答が多くなることが、グラフの谷間として現れたというものである。映画で例えるなら、ロボットっぽい「アイアンマン」はカッコいいが、人間っぽい「アイロボット」は気持ち悪いというようなことだ。同じロボットでも「アシモ」はかわいいが、より人間に近い「アクトロイド」は不気味に感じるなど、誰もがこの「不気味の谷」現象に思い当たるフシがあるはずだ。最近ニュースになったDARPAの犬型ロボット「AlphaDog」も、その四つ足の歩き方が「リアル」で「不気味」である。
「不気味の谷」は、何もロボットに限らない。90年代後半から2000年代にかけて、2次元のアニメ美少女キャラがウケていた時代に、「伊達京子」や「テライユキ」などのデジタルアイドルといわれた3D美少女キャラが誕生した。社会現象として話題には事欠かなかったものの、人気はすぐに下火になった。ゆるキャラ®でも「ひこにゃん」はその愛くるしさで人気だが、「せんとくん」は、当初「気持ち悪い」とたたかれたこともある。ひこにゃんはホンモノのネコからはかなりかけ離れたキャラだが、せんとくんはより人間に近いキャラだ。これらも「不気味の谷」の影響ではないかと思う。つまりは、リアリティの追求の行きつく先が「不気味の谷」であるならば、その反動として「ゆるさ」がフォーカスされてきたというのも納得がいく理屈である。
■子どもだましを越えて
お祭りやイベントなどで数多く登場する着ぐるみは、文字通り「ゆるい」。単純に子どもを喜ばせればいいという発想から生まれたものだろうが、その「うさぎさん」や「くまさん」たちが記憶に残ることはほとんどない。名前さえつけられず、性格付けさえしないこれらのキャラクターは、「子どもだまし」といわれても仕方のないような「発想のたるみ」がなかったとは言い切れまい。
そもそも「ゆるキャラ®」は、「郷土愛に満ちあふれた強いメッセージ性」「立ち居振る舞いが不安定かつユニーク」「愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせている」と定義されている。デジタルな時代だからこそその人気が顕著になってきたゆるキャラ®とは、子供だましを超えた完成度をほこり、手づくり感や親しみやすさ、わかりやすさや共感性、そしてユーモアとつながりやすさを持っているのではないだろうか。
■口コミとゆるさによるコミュニティの可能性
先にあげたゆるキャラ®ブームはその後、(社)ゆるキャラ®さみっと協会が設立され、ゆるキャラ®グランプリも開かれるようになったことで、さらに進化し続けている。それらは「ゆるコミュニティ」によって結合し、新しいメディアモデルとして誕生し、集合体、コミュニティとしてさらに市民権を得て、強烈なインパクトを我々に与えるまでに成長している。
また、ネット上での「口コミ」は、信頼と評価を得るための広報手法として、いまや欠かせないポイントであるが、ゆるキャラ®が話題をリードする口コミ手法は、子どもだましを越えた「わかりやすさとはなにか」という視点でみても、斬新で有意義な企画として感じられ、次々と展開を始めている。
メディアのパーソナル化や口コミツールが進化し、人間の表現やコミュニケーション手段としての役割も機能もますます強まっている。メディアの進化の恩恵を受ける者として、「ゆるさ」を否定するのではなく、メディアの進化・発達とともに拡張される表現のひとつとして見直し、積極的に活用すべき時代なのではないかと思う。つまり、集客のために必要なのは、信頼を得るための「口コミ」と気兼ねのない「ゆるさ」であるという理解を持つことも重要なのだ。 ゆるさはメディアの発達とともに進化する。「ゆるさ」の代名詞ともなるキャラクターをお持ちの企業は、改めてキャラの性格づけやその可能性、わかりやすさとは何かを模索して、twitterデビューなどでコミュニティに登場し、キャラ同士のヨコのつながりや、戦隊もののようなキャラの集合体をつくりあげて、拡張するコミュニティの可能性をさぐって欲しいものだ。
『MILK JAPAN』のガイドパンフレット、ミニレシピ冊子、関連グッズの携帯ストラップ。キャラクターを活用した広報展開には、さまざまな可能性が広がっている。 |
参考
『MILK JAPAN』サイト http://www.milkjapan.net/
『ミルク世紀』寄藤文平+チーム・ミルクジャパン著/美術出版社刊
『大人たばこ養成講座』寄藤文平著/美術出版社刊
『大人たばこ養成講座2』寄藤文平著/美術出版社刊
『大人たばこ養成講座3』寄藤文平著/美術出版社刊
『人間拡張の原理』マーシャル・マクルーハン著/竹内書店
『アンドロイドサイエンス』石黒浩著/毎日コミュニケーションズ刊
『アンドロイドを造る』石黒浩著/オーム社刊
『ゆるキャラ®大図鑑』みうらじゅん著/扶桑社刊
『(社)ゆるキャラ®さみっと協会』サイト http://kigurumisummit.org/
『ゆるキャラ®グランプリ』サイト http://www.yurugp.jp/