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ブルガリは何故BVLGARIか? ラテン語と現代広告 多言語と広告シリーズ ~ラテン語篇~

「英語で使用されるアルファベットは全部で何文字ありますか?」と聞かれたら、多くの人は26文字と即答するでしょう。では「アルファベットはいつから26文字になったのでしょうか?」と一歩踏み込んで訊ねられたら、少し戸惑うかもしれません。現在、一般に英語で使用されるアルファベットは26文字ですが、多くの言語の文字体系と同様に、全てが同時期に発明されたものではありません。一文字一文字には、それぞれ異なった成立の歴史があります。

このような文字の成立過程の違いを巧く利用して、ブランドメッセージを発信している企業があります。その代表的なものがイタリアの老舗ブランド「ブルガリ」です。数年前に銀座二丁目にオープンした旗艦店は、銀座の新たなランドマークとなりつつありますが、このビルの一階と最上階には大きくブランド名が表示されています。

BVLGARI

注意深い方は気付かれたかもしれませんが、音の上では「ブ=ル=ガ=リ」と認識されているはずなのに、表記の上では2文字目がUではなくVとなっています。これは何故でしょうか?

その答えはアルファベット「U」の成立過程にあります。
紀元前7~2世紀頃に使用されていたラテン語を古ラテン語と呼びますが、その時代のアルファベットは21文字のみで成立していて、その中にUは含まれていませんでした。Vが[u]と[w]の音を兼ねていたと言われています。(同様にIも [i]と[j]の二つの音を表現していました。)その後もラテン語は変化し続けますが、やはり中世の頃までUとVの区別は曖昧なままでした。つまり、現代の英語話者の感覚ではUを使用したい箇所にVが充てられているというわけです。

このUとVの混在は、現在でもヨーロッパの由緒ある大学の構内にあるラテン語の格言や碑などでよく見られ、日本でもミッション系の大学で目にすることがあります。
卑近な例で恐縮ですが、私の学んでいた大学の食堂の入り口には「APPETTTVS RATIONI OBEDIANT」とありました。これは「食欲(あるいは欲望)は理性に従うべし」という意味ですが、やはり本来はAPPETTTUS(食欲)という綴りのはずなのにUVになっています。皆さんもご自分の母校に戻られた際に、このような格言と共にUV表記を再発見できるかもしれません。

話を戻すと、Uの代わりにVを使用したBVLGARIという表記は、ブルガリが自社ブランド名に敢えて古ラテン語のアルファベット表記を援用した、ある種の意匠と捉えることができます。ラテン語のように「歴史と伝統を有し、本物の品質と正統性を具えた」というメッセージを込めたロゴタイプと言えそうです。

現代では、ラテン語の実用は特定の職種や一部の地域に限られますが、広告の世界では、まだその用途は失われていません。広告制作や広報・宣伝に関わる方はご存知のように、ラテン語は現在でも企業やブランドまたはサービスのネーミングをする際の重要なソースとなっています。流石にラテン語の単語を直接、流用することは少ないですが、援用したり一部を借用したり、また造語の一要素として利用したりと、使用頻度は決して低くありません。ただしここで取り上げたBVLGARIのように、ラテン語由来の単語ではなく、ラテン語の「文字要素」に表現の着想を得ているのはやはり稀なケースです。
ネーミングの源泉とまでは言いませんが、我々の世界ではラテン語はギリシャ/ローマ神話と同様に、外国語でのネーミング作業に煮詰まった際の駆け込み寺としての役割を担っているのも事実です。(紙幅の関係で、ラテン語の「単語」を起源とするネーミングの紹介が出来ませんでしたが、それはまた別の機会に譲りたいと思います。)

ちなみに冒頭の質問「アルファベットはいつから26文字になったのでしょうか?」に対しては、明確な解答はありません。先に取り上げた古ラテン語での21文字から後代の古典ラテン語では23文字に増え、その後も長短の母音の数や音の表記にも変化が見られましたが、現代の26文字が確認されるのは、ラテン語から発展していったゲルマン諸語(英語もその一つ)の文字体系の中です。あえて言うならば、周辺地域の言語が相互に影響を及ぼしながら、それぞれの言語システムが変化していく長い過程の中で、という曖昧な解答しか導けません。

言語の生成過程や変化のプロセスは、一直線上の進化や発展の軌跡を描いているものではなく、長い歳月をかけて、自国や外国の文化の影響を受けながら、新旧の文法体系や文字体系を前後に行きつ戻りつしながら、変化を続けている生き物のようなものです。その変化を観察し、科学的に分析するには何世紀というマクロな視点が必要ですが、それは言語学者に委ねるとして、少なくとも小刻みな時代の変化に伴う言葉の変質やその兆候には敏感でありたいと、言語表現に関わるものとして思うこの頃です。

 

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