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インターネットTVは次なる黒船か? 意外な「テレビの復権」と米国発ネットテレビの襲来

■ Huluの日本上陸の意味

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いよいよHulu(フールー)の日本上陸が実現した。昨年8月のことだ。これまでもAppleが2005年時点でiTunesにビデオ視聴機能搭載を開始していたことなどを勘案すれば、ネット経由でエンターテイメント・コンテンツを配信する素地は着々と準備されていた。だが、Huluの「日本上陸」は、この企業がNBCユニバーサル(GE傘下)、FOXエンターテイメントグループ(ニューズ・コーポレーション傘下)、ディズニーABCテレビジョングループなどなど、米国の錚々たる大手テレビ=ハリウッド系企業が共同出資した合弁会社である事実を踏まえると、その野心や事業規模の実態が想像できようと言うものだ。こうしたインターネット経由で配信されるエンターテイメントへの流れが日本人のコンテンツ鑑賞のスタイルをどこまで劇的に変えて行くことになるのかは見物であるが、これからやってくる「インターネットテレビ」という概念そのものが何を意味する現象なのかを考える機会になるのではないかと考え、私見を交えて書いてみたい。

■ インターネットテレビ:映像コンテンツが「データ」となったことの意味
ネットの世界では、ほんの1年前がどういう状況だったのかが思い出せないほどの規模とスピードで使用環境がガラッと変わってしまう可能性がある。私たちはそういうまったく新しい世界への「入り口」付近に差し掛かっていると言えるのではないだろうか? すでに日本でもインターネットテレビが話題に上って久しいが、今ひとつその概念が明確には共有がなされていないという感慨を持つのは私だけだろうか?

人々はすでにスマートフォンやタブレット、そしてゲーム機など、いわゆる「伝統的な意味でのパソコン以外」の端末で新しいネットとの関わりを持ち始めているが、このインターネットテレビの登場とその広まりは、それをさらに押し進めるものになることが想像される。

「インターネットテレビ」とは、一言でいえば「インターネットを経由して配信される映像をテレビで視聴すること」だ。これに「パソコンを使わずに」という新しい条件を加えるとこの度の現象をよりよく理解できるかもしれない。パソコンに依らないネットとの関わりというものは、これまでも何度か話題になっている。特に日本ではスマートフォンが登場するはるか以前の段階で、iMODEなどのサービスを通して、携帯端末のみでのネット利用者の数を爆発的に増加させた実績もある。しかし、このたびのトレンドの震源地は、あきらかに「アメリカ発」であり、しかもテレビ画面を通して楽しむタイプの映像コンテンツが、ネット経由でお茶の間に届けられるという形でやって来ようとしている。

背景にあるのは大容量コンテンツの配信を楽に行えるほどのストレスのないネット通信の高速度化、そしてハード側の処理速度の高速化などだ。つまり「ネット経由でもたらされるエンターテイメント・コンテンツの配信」という、ある意味「予告されて久しい未来」の到来を妨げるような最後のファクターが急速になくなりつつあることが大きい。加えて、iTunesなどのアプリケーションやiPodやスマートフォンといったハード面の広がりを受けて、かつてなら本棚を一杯にするようなCDやDVD、あるいはBDといった、いわゆる因習的なパッケージメディアの所有という価値観が急速に廃れ始めている。こうした価値転換もコンテンツがたくさん待っているクラウドにネット経由でアクセスすれば済むという考えを助長しているのだ。音楽も映画もハードディスクでの一時保存やフラッシュメモリーで持ち出したりできる「転送可能なデータ」になって久しいのだが、今度は自分で保持する必要もない「いつでもアクセス可能なデータ」になったのだ。

しかもネット経由でもたらされるコンテンツにアクセスする方法は、パソコンや携帯端末だけではなくなったのだ。

■ ストリーミングサービスの今:ネットを武器にしたディストリビューション
当然の帰結として、インターネットという情報チャンネルはコンテンツの輸送手段となった。こうしたトレンドはインターネットテレビがいち早く一般的になった米国において、これまでのディスクメディアのレンタルをビジネスとして行ってきた企業の多くをすでに「駆逐した」と言っていいような状況を作り出している。日本でならTSUTAYAに相当するような大型ビデオレンタルショップの全米チェーンのBlockbuster Inc.は、2010年9月に破産申請をして、翌年の4月には衛星放送プロバイダーのDish Networkによって買収された。

もっぱら米国でDVDタイトルを見るために利用されているのは、NetflixやGreenCine(グリーンシーン)などだ。これらは宅配(郵便)を使った配送サービス付きのDVDレンタルストアを起源とする企業だが、現在ではストリーミングを中心としたオンラインサービスにその軸足を移しており、まさにこうしたネットベースでコンテンツ提供をする企業の台頭が著しい。そして押しも押されもせぬ世界最大の「総合通販ショップ」と化したAmazonさえ、物品(パッケージ)そのものを送付するだけでなく、ストリーミングでソフトのみを届けるAmazon Instant Videoというリブランディングされたサービスを開始した(実はそれに先行してAmazon Video On DemandやAmazon Unboxという名前で類似したサービスは行っていたが、ここまでポピュラーにはならなかった)。さらに、英国でもHMVが乗り遅れるなとばかりにHMV Video on Demand (VOD)サービスを開始した(昨年11月)。そしてマスメディア(放送局)の連合体ともいうべき米国のベンチャーのHuluも2007年から業界参入している。彼らの特徴は、特定のハードウェアを必要とするというよりは、パソコンのみならずゲーム機やスマートフォンなどネットにつなぐデバイスがあれば、基本的にはそのサービスを自分の家庭にあるプラットフォームで楽しむことができる点である。

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【競合するストリーミングサービスの諸勢力】

Netflix vs. GreenCine

Amazon Instant Video

HMV Video on Demand

このようにインターネットテレビの状況の急速な普及が海の向こうでは起きているのだが、レンタルショップでDVDやBDを借りてくるという視聴スタイルがまだまだ主流の日本では、その潮流の大きさをまだ実感できないでいる可能性があるのだ。だが、いち早く地デジ化が終了した日本は、むしろ素地としては、一気にインターネットテレビが一般化する可能性もある。

■ 製品を押さえる勢力:メーカー側の対応
こうしたインターネットテレビの視聴環境として必須なものはネットに接続できるデバイスであるが、それができるものであれば、ある意味何でも良い。パソコンでもテレビでも携帯端末でも、はたまたゲーム機器でもよく、コンテンツ視聴目的でネット接続を可能にするBD/DVDプレイヤーなどのハイブリッドな製品も存在する。しかし、そうしたどのタイプでもない、インターネットテレビ専用に特化された端末というものがあり、既存のテレビを簡単に観賞用モニターにできてしまうシンプルさもあってか、アメリカでは人気を博した。この製品の意味を理解することでインターネットテレビの意義を理解できるのかもしれない。

例えば、カリフォルニア州サラトガに本拠を持つRoku*という企業は、Anthony Wood氏**が2002年にNetflix専用のストリーミング・レシーバーの販売のために起業して以来、このインターネットテレビ用の激安接続デバイス(価格は60ドル台がほとんど)を売りまくることで、ここ数年劇的な成長を遂げた。Roku製品は、現在Netflix以外に、Amazon Instant Video、HBO Go、そして先に言及したHulu Plusなど、様々なストリーミング企業の提供するサービスもサポートしている。こうしたストリーミング専用プレイヤーのメーカーとしてはRokuの他に、Western Digital、Diamond Multimedia、Miccaといった日本ではあまり知られていない企業の参入がある。いわゆる家電大手ではLGやPanasonic、そして最近Google TV機能を搭載したBDプレイヤーを発表したSonyなどがあるが、それについての周知は日本ではまだまだというところだろう。SonyについてはGoogleとの連携という大きな一歩を踏み出していて例外的な存在であるとも言えるので、その点では単なるストリーミング・レシーバーを提供するメーカーの一つと言ったくくり方はできない面がある(後述)。


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【競合するストリーミングプレイヤーの製造各社】

* 日本語の「六」という数字から来ている。6つの企業体から来たと言われている。

** ReplayTVというデジタルビデオレコーダー(DVR)メーカーを創業したのと同一人物。

■ プラットフォームをめぐる二大勢力
以上見てきたように、ハードウェアとネット配信というそれぞれのフィールドで各参入企業がしのぎを削っている図以外に、いよいよ注目されるのがプラットフォームを押さえる二大勢力がプロモートするインターネットテレビの世界だ。

Googleは、テレビとインターネット掛け合わせた環境を提供するGoogle TVを2010年に発表した。そのタグラインは「TV MEETS WEB. WEB MEETS TV.」というもので、テレビとウェブの合体をきわめて端的に謳っている。オープンプラットフォームであるAndroidをベースにしたもので、前述したNetflixなどのストリーミングサービス業者との提携により、視聴できる一連のサービスをあたかも「コンテンツのひとつ」ないし「チャンネルのひとつ」のように、自らのサービスの一部として取り込む。ハードはソニーとの全面的な連携を行い、すでにその製品が発表されているのだ。

Google TV

Googleの提供するインターネットテレビの画面インターフェースは、あたかも自宅のリビングルームを最高のビデオコレクションを収める本棚のように変えてしまう。これもかさばるディスクの保管場所を自宅に確保するというこれまでのコンテンツ所有のあり方を、まさにリセットしてしまうような見え方だ。しかも提供されるコンテンツは、これまで録りためられた番組や購入済みの映画やテレビの連続ドラマの全エピソードのDVDやBDが「ラック」に並ぶだけではなく、ライブ中継のようなこれまでテレビでしか楽しめないと考えられていたような番組さえも網羅するのである。

また、通常のテレビ放送をケーブル局経由で視聴している世帯を考慮して、ケーブルのセットトップボックス(STB)経由でもたらされるテレビ番組とインターネット経由でもたらされるコンテンツを切り替えることのできる機能があり、百チャンネルもあるケーブル放送そのものが、あたかも視聴可能なコンテンツの選択肢の一つのような扱いになる。インターネットテレビをハードウェア視点でこの現象を眺める限り、概念としてはこの製品は上位にあって、ケーブル放送さえ呑み込んでいるように見える。

Google TVはAndroidをプラットフォームにしていることもあり、Androidの各種アプリの操作がテレビ画面を通じて使える。ということは、例えば、ユーザーがこれまでFlickrのようなクラウド上に撮りためたプライベートな写真やムービーデータへのアクセスも、テレビ画面を通して従来と同じような便利さでシームレスに鑑賞可能になる。これはいわば「PC passing(パソコンはもう要らない)」とさえ呼びたくなるような現象だ。

翻って、パソコン大手のAppleもインターネットテレビの世界において、実はパイオニアとさえ言える存在だ。同様のコンセプトのサービスや製品は、Apple TVというハードとサービスを通して数年前から提唱していた(開始はなんと2006年)。ネット環境が十分に速くなかったことや、iPhoneやiPadなど、今日人気の主力商品がまだ出揃っていなかったこと、そしてAppleの提唱するネットテレビのプラットフォームが同社独自のMac OSであったこともあってか、普及は今ひとつというところだった。

Apple TVは、いわゆるインターネットTVのレシーバーとしての機能以外に、ビデオ映像の「家庭内配信」をして、家にある複数の端末を使って同じ映像を共有したり、AppleがAirMac(Apple版のWi-Fi接続装置)など、別のプロダクトを通して提唱してきたホームユースの無線LANの機能をレシーバーにも搭載することで、早い時期に独自の世界を築いていた。Appleブランドのネームバリューや多機能性もあってか、値段は99USドル(日本では8,800円)と、Rokuの平均的な製品に比べてもやや高価である。だが、日本円にして1万円を切るその価格は要注目である。Apple TV端末のひと世代旧いバージョンでは、デジタルビデオレコーダー(DVR)としての機能も持ち、内蔵HDDでコンテンツを録り貯めることのできるものであったが、クラウドの時代の到来と相まって、最新のバージョンにおいてはその機能はいさぎよく切り捨てられた。やはりコンテンツの個人所有を前提としないものとなったのだ。

今やYouTubeなどの映像コンテンツも充実し、視聴してみたいと思うものも多くなってきたと感じているひとも多いだろう。Appleが業績の最高記録を更新しつつある今、本格的なネットテレビの開花の時機もいよいよ熟したと見るべきかもしれない。

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【プラットフォームを巡る二大勢力】

ハード、クラウド、コンテンツの組み合わせによって実現する新しいテレビの世界においても、最も単純にはGoogle + Sony vs. Appleという二大陣営が睨み合っている構図としても理解することもできるかもしれない。こうした米国初のネット経由のサービスは日本のエンターテイメント市場を強引にこじ開けることになるのか、そうなるとしたら誰が? いずれにしても、米国におけるハード開発企業、プラットフォームを押さえるソフト開発企業、そしてコンテンツを押さえる企業、そして伝統的な放送網などが複雑に絡み合い、顧客争奪戦を繰り広げており、海の向こうの動向がどのように日本国内市場に影響をもたらすのか注視されるところである。

 

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