今回は、現在神奈川県横浜市内で開催中の 「ヨコハマトリエンナーレ2011」 をご紹介いたします。
「ヨコハマトリエンナーレ2011※」は、横浜市中心部のウォーターフロント・みなとみらい地区にある横浜美術館と日本郵船海岸通倉庫の2か所をメイン会場に3年に1度の間隔で開催され(=イタリア語でトリエンナーレの意)、国内外で活躍する現代美術家の作品展示はもとより、講演会や映画上映、観客参加型イベントなど様々な関連企画が市内各所で繰り広げられる大規模な現代美術の国際展です。2011年度のテーマは「みる、そだてる、つなげる」で、絵画・立体作品・映像・フォトグラフィック・浮世絵・妖怪グッズコレクション(なんと妖怪をモチーフにしたパチンコ台まで!)と、多種多様な作品が展示されています。
ところで皆さんは、こうしたイベントの背景や仕組みについてお考えになられたことがありますか?
自明のことですが、アートイベントのプロジェクトもその開催規模に見合うだけの収益を上げなければビジネスとして成立しません。
身近な題材を例に喩えます。広告(制作)ビジネスは、ある商品やサービスの情報を伝達したいとする「企業」と、その価値を共有したいとする「消費者」の間に媒介を提供することにより対価を得ているわけですが、アートイベントの現場では「芸術家(作品)」対「観客」がそれに該当する構図になります。
より多くの観客を動員し、作品の価値を正しく伝え、かつイベント自体の成功を導き出す為に現場ではどのようなアプローチが展開されているのでしょうか?
芸術家の作品展示では、観客を呼び込むためにどのようなアプローチをとるべきなのか・・・・・? |
■新しいプロモーションのかたち
美術館や博物館に足を運ぶ機会の多い方はご存知かもしれませんが、前述のような会場の殆どが観客の展示作品のカメラ撮影を禁止しています。その主な理由としては、
- 著作権保護
- フラッシュ(発光)による絵画の劣化防止
- 他の観客への配慮
などが挙げられていますが、最近は特定の条件内に限り、観客の写真撮影を許可し始めているようです。実は、このトリエンナーレでも一部の作品を除き、基本的に館内の撮影(フラッシュ、三脚は不可)が許可されていました。
私見ですが、これは芸術作品イコール観客との共有財産であるという、主催者側の理念を広くアピールする狙いだけではなく、広報戦略的な側面もあるのではないかと感じています。具体的にはSNSによる伝播を利用した以下のような宣伝効果です。
例えば、私が撮影フリーの展覧会場で著名アーティストの作品をカメラに納めたとしたら、それらをブログやFacebook、Twitterなどを通じて公開して友人や知人とシェアしたい!と考えるでしょう。当然ですが、こうした情報にアクセス可能なのは身近な友人だけではありません。前述のイベント情報に辿り着いた不特定多数のユーザーが同じように関心を持ち、情報を流布し、あるいは自発的に会場に足を運び、さらにまた多くの情報をシェアしていくとしたら……
このプロセスにより、結果主催者側はTVや雑誌等のマス媒体を利用することなく、観客のインタラクティブなコミュニケーションを通じて、イベントの詳細情報を発信することが可能になると思われます。
広告効果の検証結果を確認したわけではありませんので、あくまで個人的な予測の範疇に過ぎませんが、会期3か月というロングランイベントならではの、低コストプロモーションの手法として「会場撮影OK」ということ自体が今後定着していくかもしれない、と考えています。
■スタッフのホスピタリティをあらわした色彩効果
このイベントの主旨や方向性を、目に見えるかたちで最もよく表していたのは、館内スタッフの”カジュアル”なスタイルでした。いわゆる芸術系展覧会のスタッフというと、私の頭の中には無彩色系の服装(展示作品の色彩への干渉を避けるため、という説あり)でフロア隅で物静かに定点監視をしている人、率直に申し上げれば「何となく近寄り難い」イメージが浮かんでしまうのですが、この会場ではスタッフ全員お揃いのパステルピンクのTシャツに足元はスニーカーという、ごく軽快なスタイルで会場内のガイドや作品のディレクションに当たられていました。もし廻りに展示品が無ければ、そのまま街中のカフェ?と置き換えても違和感がありません。
目の前に同じデザインのシャツを着たスタッフ2名が肩を並べていて、どちらかに順路を尋ねたい、と仮定します。直感的に、皆さんは「パステルピンク」と「黒」どちらの色を着たスタッフを選ぶでしょうか? |
おそらくこれは会場スペースの広さや待機の長さに対応するため、という機能的な理由もあるかと思われますが、同時に、より観客とのコミュニケートをスムーズにする為の「ツール」的な役割を担っているようにも感じました。
通常、美術館や展覧会ではアーティストと観客が会場で直接対峙することはありません。今回のような展示会場やイベント内容であれば、作品の魅力を観客に伝え正しく理解してもらい展覧会の成功を目指す為の、イベントスタッフのホスピタリティも重要な要素の一つになります。
たとえばあるプロダクトの「色」が商品価値を左右する判断基準であるのと同様に、色彩を含む人の佇まいが他者に与える印象もまた、こうしたイベントにおいては大きな訴求ポイントになり得るのではないでしょうか。
一見些細な効果かもしれませんが、この展覧会ではこのカジュアルなスタイルが良い方向で観客との距離感を縮め、さらにスタッフ自身が観客と一体になってイベントを楽しもう、という姿勢が伺える点に、これまでに無く新鮮な印象を受けました。
■結びにかえて
こうしたアートイベントのプロデュースと商業広告のそれとではその方向性も求められる結果も異なります。しかし、作り上げた成果物(企画)において、その意図やコンセプトを正しくユーザー(観客)に伝えようとする希求のマインドは共通なのだなあ、と改めて認識させられた展覧会でした。
翻ってこの十数年、商業広告の現場は需要の変化や情報技術の進化に対応し、様々に変化してきました。紙媒体の完全デジタル化、html、動画、モバイルコンテンツの開発、さらにはスマートフォン、SNSなど最先端のデバイスやプラットフォーム機能を活用したサイト構築までーー。この多様化・細分化は、今後も媒体の推移と連動しつつ、ますます加速していくものと思われます。
最先端の技術やシステム、マーケティングの手法を駆使しながら、分析し、戦略を練り、意図した結果を導きだす。それも制作の楽しみではありますが、究極は人が人に伝える、結果伝わることの 「喜び」 こそが、現場に携わる原動力になるのではないでしょうか。いくらその表現や形態が変化しようと、広告が人と人を「繋ぐ」コミュニケーションツールであることに変わりはありません。
※参考文献:
ヨコハマトリエンナーレ2011公式ガイドブック
(横浜トリエンナーレ組織委員会監修)
展覧会情報
◎ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR
会場:横浜美術館、本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)、その他周辺地域
会期:2011年8月6日(土)~11月6日(日)
主催:横浜市、NHK、朝日新聞社、横浜トリエンナーレ組織委員会