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コラム

シュルレアリスム展 ―パリ、ポンピドゥセンター所蔵品による―

■シュルレアリスムとの出会い
私とシュルレアリスムとの出会いは、高校時代だった。ダリの絵を美術書で見て、「これならオレも描ける」と、妙な思い込みをしたのが始まりだった。
あらゆる経験を積んだ今なら、とんでもないことを思ったものだと、愚かな自分の考えを一笑に付すことができる。しかしながら、枯れ木の枝にゆがんでぐにゃぐにゃになってぶら下がる時計は、「カッコ良く芸術する」には適当で、コピー(模倣)しやすいアイテムに見えたのだ。

何とかモノにしようと必死に描き移していた高校時代、その本質については何一つ理解していなかった。存在しないものを、写真のように精巧に、リアリティをもって描ききった天才の凝視には、素人の若造がどんなにマネをしても単純には再現できない、"何か"があった。

「一体、何が足りないんだ?」

■総合芸術としてのシュルレアリスム
今回のシュルレアリスム展の最大の特徴は、総合芸術運動としての「シュルレアリスム」の作品群が一堂に会したことだ。写真、彫刻、絵画、文献(雑誌、書籍、詩、手紙)はもちろん、「アンダルシアの犬」をはじめとする映像に至るまで、現代のさまざまな芸術作品や、商業広告媒体にも通じる幅広いジャンルの作品群は、ただただ「圧巻」と言わざるを得ない。

10代の後半から20代にかけて、必死に読みあさったシュルレアリスム関連の書籍の中に、幻の文献として取り上げられていた「ホンモノ」たちが、間近に見られたのだ。十数年の時を経ていま、自分の目の前にあるブルトンの直筆の手紙の一字一句を目で追いながら、フランス語の辞書を片手に読み深めようとしていた当時の自分の姿が、ふと思い浮かんだ。

当時、最も自分の頭を悩ませていたのは「オートマティスム(自動筆記)」だった。文章を書いているうちに、忘我の境地になって、潜在意識に潜むものが自然にカタチになって現れてくる。しかし、真っ白なノートを前に、何か書き始めようとしても何も書けない。潜在意識を「理解」するために、ユング全集をはじめとして、いろんな心理学の本を買いあさって、オレは読みまくったんだよ!

「一体、何が面白いんだ?」

■たれ落ちるしずくとともに
日本でただ一人のシュルレアリストと言われるのは瀧口修造先生だ。なぜただ一人なのか。後年のシュルレアリストたちに「生(ナマ)で会った」からなのだろうと、当時の自分は適当に考えていた。先生っていうのも、自分の勝手な思い込みだけれど、とにかく「日本でただ一人のシュルレアリスト」がカッコよく見えて、憧れの人だった。

私にとって、滝口修造氏の一番大きな魅力は「詩」だった。「鳥たちは 樹木のあいだにくるしむ」という「詩的実験」の一説は、エリュアールの「地球はオレンジのように青い」のようで、たったワンフレーズにとにかく強烈なインパクトがあったのだ。

もちろん、ミロをはじめとするすばらしい美術評論によって、日本に偉大な作家を紹介した実績もさることながら、さらに瀧口氏に興味をそそられたのは、インクをたらして作り上げた「絵画」作品を見て以降だ。確か当人はそれを絵とか作品とは言ってなかったと思う。
しずくのようにたれ落ちるインクのにじみやシミ。水墨画のようでもあり、濃淡のコントラストは計算されたデザインのようで、とても偶然の代物とは思えなかったが…。詩は「詩的実験」であり、絵画はあくまでも「作品」じゃない…。

「もしかして、これ?」

■結局は…
結局は、宣言とか革命とか、まるっきり学生運動みたいなタイトルだし、いまの自分の精神的な支柱には決してなり得ないものなのだろう。メディアとかデザインとか、モノづくりの端くれにいてそれを生業にするようになってからは、そんな感覚も手伝って、ほとんどシュルレアリスムを意識することもなかった。

シュルレアリスムと商業広告とのつながりを探そうと思えば、いくらでも思いつく。今回出展されていたマグリットの有名な"靴"赤いモデル」が広告に与えた影響については、本にもなっているくらい有名な話であり、シュルレアリストが紡ぎだした言葉の数々は、現代の広告コピーそのものだ。フランスでは、詩人になれるくらいの実力者が、みな商業広告の世界に行ってしまう、と嘆く話をフランスの文学者か何かが言っていたと、どこかで読んだ記憶がある。

広告や媒体のコンセプトの裏側には、シュルレアリストたちが実践していた「オートマティスム」の感覚があるような気がする。モーリス・ナドーの名著「シュルレアリスムの歴史」にも描かれている通り、シュルレアリストたちの会合は、いつもお祭り騒ぎだった。議論がはじまり、さまざまな思いつきが出され、さまざまなジャンルの表現が集積され、それが次第にまとまって、ひとつのカタチになって具現化される。時には暴力にもなって。

今ならようやく、その本質が理解できる。いつも真剣で、生真面目なんだけどさ、

「結局は、洒落じゃねぇか!」

参考文献:瀧口修造監修「アンドレ・ブルトン集成」人文書院刊/瀧口修造「瀧口修造の詩的実験1927~1937」思潮社刊/シュルレアリスム読本「シュルレアリスムの詩」思潮社刊/カタログ「オマージュ瀧口修造展」佐谷画廊刊/ジョルジュ・ロック「マグリットと広告」リブロポート刊/モーリス・ナド―「シュルレアリスムの歴史」思潮社刊/カタログ「シュルレアリスム展」

展覧会情報

◎シュルレアリスム展 ―パリ、ポンピドゥセンター所蔵品による―
会場:国立新美術館
会期:2011年2月9日(水)~5月15日(日)
主催:国立新美術館、ポンピドゥセンター、読売新聞社、日本テレビ放送網

 

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